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2020.08.20 アルコール依存症

女性のアルコール依存症 ベティ・フォード 中編 あなたも酒をやめられる第二弾

女性のアルコール依存症 ベティ・フォード 中編 あなたも酒をやめられる第二弾

【目次】
女性アルコール依存症の悪化と治療      私は誰からも必要とされなくなった
女性アルコール依存症の回復と新たな活躍
まとめ

はじめに

 女性のアルコール依存症を取り上げています。シリーズ「あなたも酒をやめられる」の第二弾、中編です。このシリーズでは、アルコール依存症を自分なりの方法で克服していった先人を取り上げ、生き様や知恵・工夫を見てアルコール依存症の回復のコツを発見していきます。

 前編では、女性のアルコール依存乳ガン慢性の痛み痛み止め薬の依存症を抱えながら、第38代アメリカ大統領 ファーストレディとして活躍したベティ・フォード氏について、その生い立ち~ファーストレディになるまでを見ていきながら、女性がアルコール依存症を患う姿を見ていきました。

 中編では、氏がアルコール依存症を克服し、ベティ・フォード・センターという、アメリカにおける依存症治療の一大拠点を築くまでを見ていきます。

症状の悪化と治療~私は誰からも必要とされなくなった~

 夫が大統領を退き、ファーストレディとしての活動はなくなり、子供たちも独立し、「もうだれも私を必要としない」と感じ、ベティの病状は一気に悪化しました。
薬とアルコールを同時に服薬(注:アルコールと薬の併用は禁忌です。絶対にやってはいけません)する生活で、動作は緩慢になり、ぼーっとした目で、呂律もうまく回らなくなりました。
精神的には神経質で傷つきやすくなり、「自分は誰にも好かれない」という思いを強くしました。食事もろくに取らず、アルコールだけを摂取する日々で、身体はどんどんやせ細っていきました。

 命の危険を感じた家族は、彼女にアルコール依存症の治療プログラムを受けさせることにしました。
治療は初期から苦難が続きました。治療の導入の際には、家族や友人が集まって、彼女に率直な気持ちを伝えました。「ゾンビみたいで友達を家に連れてくるのが怖かったよ」、「生まれてくる子供のおばあちゃんがアル中であってほしくない..」といった言葉を受けて、ベティは「彼らが私を愛しているという部分は聞こえなかった。私が落伍者ということだけが聞こえた」とその時を振り返ります。
治療の初期は、アルコールや薬を一切やめる“解毒”が始まりましたが、夜になると禁断症状で足が震え、静かにしていることが出来ず、「神様、私にお与えください。自分に変えられないものを受け入れる安らぎを…」と一晩中祈り続けました。

 入院中は4人部屋でした。砂漠の中にある病院なのに毛皮のコートを着て来院した彼女は、最初、「私はファーストレディよ」と難色を示しましたが、医師や看護師から、「1人部屋を希望なら自分で他の3人の患者さんを説得して下さい」と言われ、聡明な彼女は即座にその意味を理解し、4人部屋に入院することになりました。「特別VIP扱いされていたら、私はアルコール依存症から回復していなかったでしょう。」とベティは振り返っています。

しかし、治療が始まっても、「自分は特別な人間」という思いを捨てて、「自分は一人のアルコール依存症患者」と認めるまでには長い期間を要しました。自分を否定する気持ちが強く、一方で、なけなしのプライドにすがらざるを得ないことが、アルコール依存症患者さんの辛いところです。そのようなベティでしたが、退院し、AA(アルコホーリクス・アノニマス)のプログラムを続けて1年ほどたったころから、気持ちは変わっていきました。

 ホワイトハウス時代は、週に二回は髪をセットし、少しでもドレスが合わない、靴やバッグが合わないと感じれば決して外出しないほど完璧主義で、スピーチをする際も「もしヒールが折れたら」等と予備の道具を一抱え用意していたほど心配性の彼女が、「今では、少し崩れた感じが好きなの」とドレス一つで気楽に出かけるようになりました。アルコール依存や薬物中毒、顔のシワ取り整形など、自分の経験をオープンに語ることが出来るようになり、国民の共感を得ました。まさに、依存症からの回復の合い言葉の「気楽に生きよう」ですね。
さまざまなこだわりや不安やプライドから自由になっていったのです。

回復と新たな活躍

回復後、薬物依存の治療機関、ベティ・フォード・センターを設立しました。

ちなみに、あらたまこころのクリニック院長の加藤は、実際に研修でベティ・フォード・センターに行ったことがあります。研修では以下の3つが印象的でした。
①施設:センターは、ゴルフ場のような大きな池がある高級リゾートのような場所にありました。応接室には、歴代アメリカ大統領の写真がズラリ。
②回復者カウンセラー:所属するカウンセラーはアルコール依存症などの回復者が多く、彼らから研修を受けました。
③感情に焦点をあてる:研修では、単に酒をやめると言うよりも、本質である、寂しさ・虚しさなどの気持ちに焦点を当てることを大切にしていたのが印象的でした。そのようなアルコール依存症者の心の奥深くの体験を教えられるのも、回復者カウンセラーならでは、かもしれません。
研修の詳細は、後編にて皆様にお伝えします。

ベティ・フォード・センターの鍬入れ(1981年10月)

 また、『依存症から回復した大統領夫人』でアルコール依存になってから回復するまでの体験を公開しました。元ファーストレディの治療体験記は社会的に大きな影響を与え、ベティ・フォード・センターには治療を求める女性や著名人が集まりました。

 その後も、ベティ・フォード・センターは、女性のアルコール依存症、乳ガン、体の痛み(慢性疼痛)で悩む人たちに、治療を提供する一大センターとして活動を続けています。国民一般にも広く知られ、「You need to go to Betty Ford(君はベティ・フォードへ行く必要がある)」が「君は依存症の治療を受ける必要がある」という意味で使われるそうです。

最後に、ベティの言葉をご紹介します。

「時々、アルコール依存症じゃない人が気の毒に思う。病気になった人でなければ決して分からないことをたくさん学んだから」

「私はアルコール依存症に生まれついたと思っている。だれの責任でもない。そしてそれに気づいた今は、それを変えなければならない」.

 

自分と自分の人生を受け入れ、

そのうえで、自分に向き合い、変えようとする勇気を持つことが出来て、

ベティは生まれて初めて心のやすらぎを得たのだと思います。

まとめ

 いかがでしたでしょうか。中編では、引退後のアルコール依存症の悪化~ベティ・フォード・センター設立までを見ていきました。

複雑な生い立ちの中で虚しさ・寂しさ・不全感を抱えてアルコールや痛み止めに依存し、
そんな中でも、周囲の期待に応えるために完璧主義的に努力してきた事、

引退後にアルコール依存症が悪化し、離脱症状などに苦しみながらも治療を受け、依存症になった自分を受け入れたうえで、新たな生き方を見出した事、
このような姿に、アルコール依存症女性の生き様が象徴的に示されているように感じます。

後編では、あらたまこころのクリニック院長の加藤が、実際にベティ・フォード・センターで受けた研修体験記をお送りいたします。

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<アルコール依存症についての記事はこちら>

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関連する情報

監修

加藤 正
加藤 正医療法人和心会 あらたまこころのクリニック 院長
【出身校】名古屋市立大学医学部卒業
【保有資格】精神保健指定医/日本精神神経学会 専門医/日本精神神経学会 指導医/認知症サポート医
【所属】日本精神神経学会/日本うつ病学会/日本嗜癖行動学会理事/瑞穂区東部・西部いきいきセンター
【経歴】厚生労働省認知行動療法研修事業スーパーバイザー(指導者)の経験あり。2015年より瑞穂区東部・西部いきいきセンターに参加し、認知症初期支援集中チームで老人、高齢者のメンタル問題に対し活動を行っている。日本うつ病学会より「うつ病の薬の適正使用」のテーマで2019年度下田光造賞を受賞。
【当院について】名古屋市からアルコール依存症専門医療機関、日本精神神経学会から専門医のための研修施設などに指定されている。