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2020.08.20 アルコール依存症

女性のアルコール依存症  ベティ・フォード 前編 あなたも酒をやめられる第二弾

女性のアルコール依存症  ベティ・フォード 前編 あなたも酒をやめられる第二弾

【目次】
女性のアルコール依存症
お酒に出会うまで
結婚生活とさびしさと飲酒
アメリカ大統領ファーストレディとしての華々しく活躍
まとめ

はじめに

 女性のアルコール依存症の回復のコツをご紹介します。シリーズ「あなたも酒をやめられる」の第二弾です。このシリーズでは、アルコール依存症を自分なりの方法で克服していった先人を取り上げ、生き様や知恵・工夫を見てアルコール依存症の回復のコツを発見していきます。

前回は、「彼氏」の名付け親の徳川夢声でした。「いったん停酒」という切り口で、酒をやめ昭和を代表する文化人として活躍されました。

 今回は、第38代アメリカ大統領 ファーストレディとして活躍したベティ・フォード氏について、前編・中編・後編に分けてご紹介していきます。

 ベティはその活躍の陰で、アルコール依存症・乳ガン・体の痛み(慢性疼痛)などを経験し、のちに、アルコール依存症・ガン・体の痛み(慢性疼痛)などのケアを行う、ベティ・フォード・センターを立ち上げました。

 生まれながらのアルコール依存症(氏のお気に入りの言葉)であり、最高の回復者、治療者と言えるかもしれません。ですから、彼女の生き方には、女性のアルコール依存症だけなく、女性の依存症全般、摂食障害などのエッセンスが詰まっています。女性アルコール依存症にとっては宝のような存在です。

前編では、彼女の生い立ちからファーストレディとなるまでをご紹介します。

出生

 ベティ(エリザベス)・ブルーマーは1918年、イリノイ州シカゴで生まれました。
年の離れた2人の兄がおり、母親はベティの出生について「シャンペンのボトルから飛び出した」と言っていたそうです。ベティ自身は、その言い方を、とても気に入っていました。生まれた時から、ボトル(酒)が付きまとっていたようです。
父親は出張で家を空けることが多い人物で、アルコール依存症でした。子供時代のベティは、いつも、さびしい思いで過ごしていました。
母親は美しく隙のない完璧な人で、子供たちにも完璧を求めて厳しくしつけました。完璧な母親は、ベティの理想であり続けましたが、どこかそのようにはできないと感じる自分もいました。

お酒に出会うまで

 お転婆で、子供のころからダンスが大好きなベティは、青春時代はダンスと男の子とのデートに明け暮れました。18歳からダンススクールに通いだし、より本格的な指導者を求めて、ニューヨークに移り住みますが、そこで、仲間たちと飲み会に耽り、何度かブラックアウトも経験したようです。「仲間の一員になりたい」という思いから、そのような生活をやめられませんでした。結果、ダンスを断念せざるを得なくなりました。

結婚生活とさびしさと飲酒

 24歳で結婚。結婚当初はアパートにお酒を置くこともありませんでした。しかし、夫は頻繁に出張する人で、家に残され、さびしい日が続くうちに、だんだんとお酒に手を出すようになり、27歳で離婚。彼女は当時を「私は幸福ではなかった。夫が家にいる時ですら幸福ではなかった」と語ります。

30歳で弁護士ジェリーと再婚しますが、結婚してすぐに夫は議会選挙に立候補し、会合や資金集めに飛び回る生活に移りました。また、夫に家に取り残される日々が始まったのです。ベティは、そのさびしさを、子育てとお酒と痛み止めの薬で紛らわせていきました。巡り合わせが悪いことに、政界はお酒の機会にあふれていました。パーティー、資金集め、レセプション…。多い日には一晩で3つのパーティーに参加しました。首の痛み止めの薬も効かなくなり、医者は言われるままに薬を多く処方し、そのうち、どんどんと増え、痛み止めの錠剤をアルコールで流し込む生活が始まりました。

ファーストレディとして華々しく活躍

 1974年8月9日、夫がアメリカ合衆国大統領になりました。ベティ56歳の時でした。
「人生で一番悲しかった日は、夫が合衆国大統領になった日」「命じられるままに動く、舞台に乗せられた俳優のようだった」と回想しますが、彼女はファーストレディとして華々しく活躍しました。
世界の元首を迎え、市民運動を支援し、マスコミと応対し、諸外国を訪問しました。
また、乳ガンを患い手術を受け、そのことを公表しました。当時、十分に認知されていなかった乳ガンの早期発見の重要性を認識し、啓発活動に努めました。
そのほか、様々な活躍を通して、世界中に広く知られる人物となりました。責任も重く、スケジュールも過密で、お酒を飲む暇もなく過ごしていたため、この時期、症状は安定していました。
公人として「国の役に立っている」という感覚があり、虚しさを感じることなく、お酒に手を出す必要がなかったのではないかとも思います。

まとめ

 いかがでしたでしょうか。今回は、ベティ・フォード氏の生い立ち、ファーストレディになるまでを見ていきました。

氏の人生からは、女性がアルコール依存症に至るまでの姿がとてもよく表れています。

アルコール依存症で家を空けがちな父と、完璧主義の母の間に生まれ、
若者グループの中で飲酒を覚え、
結婚後は虚しさ・寂しさ・不全感からアルコールや痛み止め薬に依存し、
アメリカ大統領ファーストレディとして多忙となったころには、一時的に症状が安定していきました。

中編では、ファーストレディを引退後にアルコール依存症が悪化し、それを克服した後、ベティフォードセンターを立ち上げるまでを見ていきます。

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<アルコール依存症についての記事はこちら>

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関連する情報

監修

加藤 正
加藤 正医療法人和心会 あらたまこころのクリニック 院長
【出身校】名古屋市立大学医学部卒業
【保有資格】精神保健指定医/日本精神神経学会 専門医/日本精神神経学会 指導医/認知症サポート医
【所属】日本精神神経学会/日本うつ病学会/日本嗜癖行動学会理事/瑞穂区東部・西部いきいきセンター
【経歴】厚生労働省認知行動療法研修事業スーパーバイザー(指導者)の経験あり。2015年より瑞穂区東部・西部いきいきセンターに参加し、認知症初期支援集中チームで老人、高齢者のメンタル問題に対し活動を行っている。日本うつ病学会より「うつ病の薬の適正使用」のテーマで2019年度下田光造賞を受賞。
【当院について】名古屋市からアルコール依存症専門医療機関、日本精神神経学会から専門医のための研修施設などに指定されている。